大腸憩室炎(入院7日目)

2013年5月16日(木)

 入院も7日目に突入。当初の感覚では、今日辺り退院しているはずだったのだが。

 原因はお腹の張りが取れないこと。さらにその原因は、憩室炎が起きている下行結腸付近の炎症が収まらないからということらしい。

 昨日、院長が改めてCTスキャナの結果と内視鏡検査の結果が符号しており、下行結腸の憩室炎と診て間違いないとの報告にやってきたので、まあそういうことなのだろう。

 差し当たって、自身の身体でキツイのは、お腹がパンパンに張っていること。腸閉塞を起こしているのではないかと疑わしいが、これも結局のところ下行結腸が腫れて、そこの通りが悪くなっていることが原因に違いない。体感的には、お腹の上部(胃や十二指腸)から下部(小腸や直腸)への通路が断絶されているようで、水を飲んでもいつも胃の中に滞留している感じ。一方、便通はというと、上から流れ落ちてきて便になるという感覚はなく、下行結腸から出る炎症(膿?)がほぼ1時間間隔で排泄されている様子。これは、夜間もぶっ通しなので、まとまった睡眠が取れなくて正直かなりキツイ。

 

 今日もおそらく、昨日同様に抗生剤と電解質等の点滴治療になると思われるが、そろそろ抗生剤の効果が出て、下行結腸の通行止めが解除にならないものか少し期待している。ちなみに、以前のような直接的な腸の痛みはないが、膨満感に伴う痛みはチクチクとある状況。

 仕事もそろそろ1週間の穴を空けているし、焦る気持ちも出てきた。

 

(今日の治療)

 10:00~10:30 抗生剤(チエナム点滴静注用キット0.5g)

 10:00~13:00 ソルラクトS輸液(500ml)

 13:00~16:00 ソルラクトS輸液(500ml)

 16:00~19:00 ソルデム3輸液(500ml)

 19:00~19:30 抗生剤(チエナム点滴静注用キット0.5g)

大腸憩室炎(入院6日目)

2013年5月15日(水)

 大腸憩室炎を治療に来たのか、大腸内視鏡検査の後遺症を癒しに来たのか判然とせず、また後者の経緯を思い起こすと、不要な検査で余計に苦しめられたという思いを禁じえませんが、まあ済んでしまったことなので仕方なしとして、これからの闘病について書いていきます。

 今日も朝10時をスタートに点滴治療です。

 11時過ぎに嫁さんに来てもらって、昨日の汚れ物を持って帰ってもらいました。まったくロクでもない亭主の嫁になって可愛そうですが、いつか恩返ししようと思います。

 

(今日の治療)

 10:00~10:30 抗生剤(名前はあとで記入)

 10:00~13:00 ソルラクトS輸液(500ml)

 13:00~16:00 ソルラクトS輸液(500ml)

 16:00~19:00 ソルデム3輸液(500ml)

 19:00~19:30 抗生剤

内視鏡検査その後

2013年5月14日(火)

 今日の昼くらいまでは、前日の日記に書いてしまったので省略し、昼過ぎからのことを書きます。

 昼時点で何度かの嘔吐を繰り返し、褐色の嘔吐があった時点で看護師の方から水分を控えるようにと、点滴に吐き気止めを加えることを言われました。

 その後は吐き気が収まったこともあり、ただただ、前夜の睡眠を取り戻すがごとく眠る眠る眠る眠る・・・。

 動くことといえばトイレに行くことくらいでひたすらに眠る眠る眠る・・・。

 途中、腸閉塞などを心配したのか、腹部レントゲンと採血がありましたが、その後はひたすら眠る眠る眠る・・・。

 

 夕方、嫁さんと子供たちが見舞いに来てくれました。子供たちは大切にしている吹奏楽を欠席して来たらしい(後で聞いた)。

 まだ睡眠から覚めないままに子供達と何を話したか記憶がないのだけど、わたしの憔悴ぶりをみて長女(小6)は驚き、長男(小5)は、「お父さん、髪の毛洗わないのぉ?」とすっとぼけたことを言った。男の子っつのはバカだなあ。ということしか覚えていない。まあ、よく来てくれたよ。ありがとう。

 

 そんなことがあり、夜にはどうにか正気がもどってきたのですが、やはりまだ続きがありました。

 お腹の張りの中身は、きっと水(下剤など)だったのでしょうね。寝ている間に無意識に出ていました。有り体に言えば、お漏らしです。何度か出ちゃいました。看護師さんヘルパーさんに迷惑をかけちゃいましたすみません。ただし、そうした不快なことがあっても体はひたすらに疲れ、眠いため、その後もこんこんと眠り続けたのでした。

 

 ところで、お腹の痛みですが当初痛かった左側から同下腹部にかけての痛みはほとんどなくなりました。代わりにみぞおちのあたりが痛いし、その下も痛みます。これは内視鏡検査の後から始まったこと。なんだか今思えば、急いで大腸内視鏡検査なんてしなければ良かったのではないかとすごくすごく思うのです。

大腸内視鏡検査

2013年5月13日(月)

 今日は大腸内視鏡検査の日です。一昨夜、昨夜の下剤に加えて、今日は朝から2リットルの下剤を飲まなくてはなりません。

 でも、わたし大腸内視鏡検査は今日が2回目(なので、余裕しゃくしゃく)。以前やった時は、いまよりも体調の良い時だったこともあり、自宅でひとり2リットルの下剤パーティをやり、もちろん快飲快便でしかも小一時間かけて電車に乗って病院まで検査に赴きました。結果は問題なしで、帰りに、あー腹減ったとばかりに駅前の立ち食いそば屋でかけ蕎麦をすすり込んで帰るという暴挙まで。

 そんな訳で、今日の検査も楽勝楽勝とタカをくくっていたわけですが、ドッコイそうはいきませんでした。

 まず、下剤を飲み始めて1時間経ってもちっともお通じがない(←このあたりで、飲んでいる液体は下剤ではなくてポカリ○ェットと取り違えているんじゃないかとの妄想を抱く)。勝手にあたふたしていると、便意の第1波があり、なんとか胸を撫で下ろしたものの、第2波以降の波の来方がどうも緩慢な感じがする・・・。不安を抱えながら、どうにかその後4回ほどトイレに行ったものの、前回ほどの爽快感(朝の中身がスッカラカンになったゾという実感)のないまま検査に突入となりました。

 

 検査前には検査着と、大腸内視鏡検査用パンツ(お尻に内視鏡を入れる穴の空いたあるパンツ)に着替えます。そのまま歩いて検査室に移動。前回検査がそれ専門の病院だったこともあり、今回はどことなく急拵えの施設に見えました。そこからして、もう不安増大。血圧計や血中酸素濃度を図る機材(指にはめるやつ)をつけたりして、最後は点滴に麻酔を入れて準備OK。先生もよっしゃやるぞ、と気合横溢して土俵上で四股を踏んでいる状態(に見えて怖かった)。

 では始めますとか厳かに言っちゃってるものの、あの、そこじゃない。。ちょっとファール。

 気を取り直して、ズブリ! えーここが直腸、ここがナントカカントカ・・・、痛いです。痛烈に激烈に痛いです。序盤からして臨界点寸前まで来ている感じ。えーここが、あー凄い炎症ですね。この辺りに憩室が多くありますが、全体的に炎症を起こして・・・(プチッ←私の臨海点を突破する音)。「痛い!痛いです!」といって首を激しく振ったと記憶しています。

 先生も「今日はもうこれ以上進むのは困難でしょう。」ということで今日の検査はこれまで。だた、あっけなくこれをもって「大腸憩室炎」の診断がくだされたようでした。

 行きは自らの足で歩けたのですが、帰りはとても無理なため、ストレッチャーごと無残な姿でベッドまで戻されました。その後、何度かトイレでガス(おなら)が出ましたが、お腹の張りが取れないまま夜を迎えることとなりました。

 

 大腸内視鏡検査では、検査時にお腹に空気を入れます(ふくらませて検査するため)。そのガスが検査後に出るはずなのですが、私の場合は、これがうまくいかなかったらしい。ここから地獄の夜が始まりました。

 最初はお腹の張りを訴えたところからでした。ベッドの傾きを変えてもらい上半身が立ち上がるようにしました。

 それでも改善しないのでナースコールで訴えると、ガスが出るまでしかたないわね~。なんとかならないんですか?。無理ね~。という虚しい会話がありました。もうこの夜は自力で乗り切るしかないと覚悟しました。

 夜は健康でも不安な時があります。まして、お腹全体が痛くて横を向いても上を向いても下を向いてもどうにもならない真夜中は、まったく気が狂いそうに不安でした。だれか救急車読んでくれ!(ここ病院ですけど)そう叫びたい夜でした。この間、水のようなものを4回吐きました。お腹がパンパンに張って逆流してくる感じがしました。

 2度目のナースコール。今度はマトモな看護師さんが対応してくれました。腹部への温湿布と、ちょっと強めの痛み止め注射をするとのこと。不思議なことにただ、それだけを言ってもらっただけで随分と気持ちが楽になるものなのですね。

 注射は1時間ほどのまどろみを与えてくれました。でもダメ、痛みが勝ってるらしくぜんぜんダメみたい。ただし眠気は激しく訪れるため、お腹の痛みが一番和らぐ座った姿勢のまままどろむこととなりました。

 ベッドに座って痛みにきつくつむった目の向こうで夜が明けていくのが分かりました。太陽の力ってすごいですね。明るくなるだけで人の気持ちも不安から解消されていくのが感じられました。

 相変わらず、お腹は張ったままです。医師や看護師さんはガスといいますが、実感としては水。前日に飲んだ下剤かその後に飲んだ水が腸から排出されず留まっているような感覚です。看護師、医師にもそう訴えました。このころから、胃に溜まった水を戻し始めました。胃は吐くと楽になるのですが、腸は相変わらずです。でも吐くと喉が渇く。また水を飲む。吐く。この繰り返しを5回くらいしたところで、褐色の水を吐きました(血?)。不安がよぎり、すかさずナースコール。

 看護師さんたちも同じように考えたらしく、水分の補給は少し控えめにし、吐き気止めをメインの点滴に加えていただきました。

 そんなバタバタの後、ふと気づくと朝方まであれほど苦しめられていた腹痛は収まっていました。お腹の中の水やガスがこの間に少しずつ排出されていたからなのだと思いました。

治療2日目

2013年5月12日(日)

 

 昨日と変わって、今日はピーカンに晴れていい日曜日(健康体ならネ)。

 

 治療内容は昨日と変わらず朝から点滴。。。そうそう、昨日の夜、左手首の点滴針のところが少し腫れてきたように見えたのを看護師さんが気づいてくれて、ちょっと早いけどといって取り替えてくれました。

 点滴針って、毎回毎回指すとそれだけで負担になるので、一旦差した針は72時間を目安に使い続けるのだそうです。それと、静脈が一番撮りやすいのは腕の裏側?(曲がるところ)なんだけど、曲がる場所が故に、長時間の点滴には適さないとのこと。

 そうすると、うでの内側の静脈を狙うことになるんだけど、私がまた細いんだな脈が・・いわゆる「看護師泣かせ」だとか。そこは看護師さんも手馴れたもので、イッパツで静脈確保。長かった左手の不自由から開放されたのでありました。

 

 左手の不自由から開放されたのを良いことに。。。それと、入院から3日目を迎えたこともあって多少の欲が出てきたこともあって、朝の早い時間にこっそり洗面所で頭を洗いました。あ~~~すっきりした。洗面所にシャンプー備え付けてあった(たぶん)ので、べつにこっそりやらなくてもいいのかもしれないんだけど、そこはビギナーなので長年いるメンバーの皆様のお邪魔にならないようにコソコソと。。。ついでに体も拭いてリフレ~ッシュ!なんだかもう退院してもいいんじゃないって気分。あとは家でおとなしく抗生物質飲んでるからさ、帰らせてよっ!って喉まで出掛かる。

 

 明日は大腸内視鏡検査。これを難なくパスすれば。。。って、お腹痛いまま検査ってできるものなの???激しく疑問ながら、医師がやるというのだから従うしかないか。

 

 夕方、息子が来ました。おねえちゃんに比べるとのほほーんとした感じ。まあ、お父さん頑張るよ。

 

(今日の治療)点滴のみ

  抗生剤 ×2本(朝、夕(30分程度))

  電解質等×3本(10時~13時、13時~16時、16時~19時)

  +就寝前に下剤3錠

 

治療開始

2013年5月11日(土)

 昨日はドタバタの入院劇で、治療といってもミネラル、電解質などの点滴のみでしたが、今日からは朝と夕に抗生物質の点滴があるようです。

 

 お腹の具合は依然として痛みがあり、時折差し込みがある状態。ただし、その感覚は入院当初に比べれれば間隔は長く、断続的になってきているようです。

 こうなってくると、一日中寝ているのが苦痛になってくる。入院時、静脈が取れずに左手首に差した点滴針がトイレなどの度に手首が曲がるので痛くて鬱陶しい。などなど、病人であることに麻痺してくる欲が出てくる。人間ってご都合主義の怠惰な動物なんですね。

 

 いまのところ点滴はまあそれほどの苦痛でもないし、絶食を命じられているものの、食べられないことの辛さなんてとうの昔にバカになっちゃっているので、然程のことでもない。こんなかんじで進むなら2、3日で退院も夢じゃないかな~なんてね。

 

 夕方、嫁さんと娘が来てくれた。ちょっと遅くなったのは娘が手作りのお守りを作ってくれたから。

 お守りの中には手紙が入っているけど、読んじゃダメだって言われた。・・・ごめん読んじゃった。ありがとう。あなたのお父さんで幸せです。早くよくなるように頑張るよ。

 

(今日の治療)点滴のみ

  抗生剤 ×2本(朝、夕(30分程度))

  電解質等×3本(10時~13時、13時~16時、16時~19時)

  +就寝前に下剤3錠(月曜日の大腸内視鏡検査に備えて)

 

 明日は息子も見舞いに来てくれるらしい。

救急搬送

2013年5月10日(金)

 つかの間のまどろみでした。

 夢を見ました。お腹の痛いのは翌日スッキリ治っている夢でした。。。たぶん。

 

 ふと目覚めると、時刻は4時半過ぎ・・・寝入ってから6時間近く経過している・・・と意識が覚醒していくとともに急激な痛みが襲ってきました。取り敢えずトイレに行き(透明な水みたいなものしか出ない)、麦茶で喉を湿らせたものの、一向に痛みは収まりません。

 

 そうこうして、のたうちまわっていると家内が目を覚ましました。

 「もうだめ。救急車呼んでくれ」というのが精一杯でした。5時を少し過ぎた頃です。

 

 

 救急車はすぐに到着しました。なんとか歩くことはできたので、家内に付き添ってもらい自力で大通りまで出ました。救急車に乗るのは初めてのことです。

 車内では、氏名、年齢、症状、既往歴などを救急隊の方から聞かれましたが、痛みであまり覚えていません。腹が痛いこと。嘔吐下痢ではないこと。便は出ていないこと。この程度の事実は伝えたと思います。

 搬送先もすぐには見つからず「ああTVで話題になってた急患の受け入れ拒否って深刻なんだ」とか混濁する意識の中で考えていたのを覚えています。何件目かの病院で受け入れてくれることになり、救急車は出発。車が揺れるたびに痛みがきました。

 

 搬送先では、内科医が処置してくれましたが、何となくぞんざいな感じ。

 腹部のレントゲンを撮り、眺めてみて「特に便は溜まっていない。どうする?帰る?検査入院する?」といった具合。

 ・・・「てめえふざけんな。痛いからわざわざ救急車まで呼んだんだろうが!」という心の声が通じたか、当直医師曰く「わざわざ救急車で来たってことは、相当痛いんだろうから、入院して検査してはいかがですかぁ。」とか言った。

 そこで「以前、大腸内視鏡検査を受けたことがあり、憩室が多いと指摘されたことがあります。」と伝えたところ。医師曰く「あー、それなら憩室炎の疑いだね。」とか言ってアッサリ入院することに決定。あとは看護師さんヨロシク~てな感じ。あのー、ワタシ痛いの全然収まってないし、目の前で苦しんでる患者はどーでもいいんでしょうか・・・。

 

 そうこうしているうちにベルトコンベアで運ばれるようにストレッチャに乗ったまま入院病棟行のエレベータに運ばれたのでした。

 

 取り敢えず入院したものの、当日はひたすら点滴、点滴、点滴・・・。

 腹痛はいくらかましになるものの、未だに痛い。後でわかったことだが、鎮痛剤は希望しないと貰えないものらしい。

 診たては13日の大腸内視鏡検査をしてから。それまでは大腸憩室炎の疑いということで、事情を会社に伝えて、取り合えす来週一週間は休暇をいただくこととした。